今回も昨年に引き続き多くの方々にご参加いただきました。誠にありがとうございました。
千葉県内の方々だけでなく、県外の方にも関心をお寄せいただき、また、学生の皆さんにも参加していただきました。
例年に引き続き皆様に学びの機会をご提供できたことに事務局一同喜びを感じるとともに、ご講演いただいた水上先生に大変感謝しております。今後も学びの場を提供して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
今回の講義内容にご興味のある方は、是非下部の「第3回佐倉サイエンスアカデミーレポート」をご覧ください。
講義後のアンケートでは次のような感想、コメントをいただいております。
***************感想・コメント(一部抜粋)**************
・今ホットな牧野富太郎についてのセミナー、楽しく拝聴しました。
・「らんまん」と関連付けたタイムリーな内容で、植物多様性や産業発達、自然環境保護、SDG’sにつながる大変印象に残るアカデミーでした。
・毎日「らんまん」を楽しみに見ています。植物に優劣をつけずすべてを愛おしく観察する姿は、分断が深まる時代に大切なことを教えられています。また自分のありったけの情熱と力を注ぎこむ姿は、こんなにも人には力があるのだと気付かされます。自然・半自然環境への過剰な介入と逆に働きかけの減少がもたらす自然資源の減少というお話がありました。自然を利用し自然に活かされ、自然と生きるはずの人間はその英知を結集していかねばならないと思いました。大変興味深く価値ある講義をありがとうございました。
・大学の講義の中で、生物多様性の保全は、「遺伝子資源を守ること」と考え、産業と結びつけることが多いと学びました。この考え方は最近になって根付いたと思っていましたが、牧野富太郎は植物産業と植物の調査・保全が密接な関係にあることを既に理解していたことに驚きました。
また、今回の講義を通して植物インベントリーの作成が植物産業の根幹になっていると感じました。花卉園芸や農業・創薬など植物産業の発展につながるだけでなく、植物資源を持続可能に利用するため、非常に重要であることを理解できたと思います。
第3回佐倉サイエンスアカデミーレポート
タイトル:「植物の多様性を調べ、保全し、利用する
~牧野富太郎の思いを現代に生かすために~」
講 師:水上 元(みずかみ はじめ)先生
前高知県立牧野植物園園長
名古屋市立大学名誉教授
詳細な要旨はこちらの資料をぜひご覧ください!
<講義内容振り返り>
NHK連続テレビ小説は60年以上の歴史を持ちますが、2023年度上半期に初めて自然科学者をモデルとした朝ドラ「らんまん」が放送を開始しました。「らんまん」の主人公のモデルである牧野富太郎は、植物分類学の研究にその生涯を捧げた研究者ですが、同時に、植物多様性を調べることが新しい産業の振興につながることを、早くから認識していました。牧野富太郎博士の思いを現代に生かすために、植物多様性の調査・保全とその利用とのかかわりを、今日の状況を踏まえてお話しいただきました。
<Q&A 講義中にいただいた質問およびそれに対する回答>
Q:牧野先生が発見した 牧野という名前が学名についた植物はどのくらいございますか?
A:これは非常に難しいんですよね。というのも、植物の学名というのは、植物命名規則に基づいて付けられます。植物命名規則はどんどん変わっていて、しかも彼がつけた名前をもう一度研究し、付け直すということがどんどん行われておりますので、非常に難しいんですけれども、付けたという点だけで言えば、1300種程、新種として記載をしています。ただ、現在でもそのまま通用している植物は少なくて、300種ぐらいしかありません。
Q:例えば、牧野植物園とイギリスのキューガーデンとのコラボレーションみたいな、世界レベルでの植物研究もやっておられるんでしょうか?
A:キューガーデンの方ともいろいろお付き合いはしております。
それから、ミャンマーの植物探査というのを2000年からやっておりますが、ミャンマーというのは、鎖国側の国で、しかも今まで軍事政権の国でしたので、なかなか海外の研究者が入りにくかったです。2000年に前任の小山鐵夫園長が、初めてミャンマーと研究協定を結ぶことに成功して調査に入りだしたんですけども、その時は牧野植物園しか入れなかったので、シンガポール植物園やニューヨーク市立植物園などが全部牧野植物園につながる形で、ミャンマー植物フォーラムというものを作って、一緒に共同調査に入るという実績を持っています。日本の植物園の中では、牧野植物園は、最も世界の様々な植物園と繋がってる植物園じゃないかというふうに思ってます。
Q:近年、地球温暖化、今年からは、地球沸騰化時代に入ったと言われていますが、実際に、植物分布は変化していますか?牧野先生をはじめ、今まで調べて明らかにしてきた、植物フロラは、変更等が必要になってきているのでしょうか。
A:温暖化によって植物の分布が変化することはよく知られています。日本でも、冷涼な気候を好む落葉広葉樹林(ブナ林)が減少し、暖温帯林(アカガシ)が拡がっていると言われています。砂漠化の進行による植生の変化もよく言われていますよね。この問題については、環境省が発行しているパンフレット(「生物多様性分野における気候変動」、2016年)が、よくまとまっているので参照してください。
Q:牧野植物園ではミャンマーを新しいフィールドに選んでいるそうですが、なぜミャンマーなのか、その理由をお聞かせください。またこれまでに分かっている範囲で、日本との大きな違いがあれば、参考までに教えて下さい。
A:
1) 地理的に南はインド洋の一部であるアンダマン海に面しており、北はヒマラヤ山脈の東端に位置しています。このように環境多様性に富んだ国土に、日本のおよそ2倍に相当する約12,000種という豊かな植物資源が存在していると推定され特にその北東部は東南アジア大陸部における植物の多様性の中心として位置づけられています。
2) ミャンマーでは、20世紀前半にはイギリスの研究者による植物調査が行われていたようですが、その後は社会主義計画党政権による鎖国政策や軍事クーデター後の国際的な孤立の中で外国の研究者による調査の手が入らず、植物多様性研究の空白地域でした。
3) その一方で、1990年代に入って軍事政権による民主化への動きが始まると、欧米や中国、日本の経済援助が急速に入りだし、道路の建設や森林の伐採など国土の開発や野生植物の商業利用のための大量採取などが進み、植物多様性の低下が懸念されていました。
このような状況の中で、2000年に世界に先駆けてミャンマー政府と研究協定を結ぶことに成功し、ミャンマーでの植物調査を開始したのです。
Q:牧野先生は多くの方と一緒に植物採集を行われておりましたが、絵の描き方を教えるということはされていたのでしょうか。
A:牧野富太郎はどんな植物でもすぐに名前を答えてくれたと言いますし、関連した解説もとても面白かったようです。植物画については、牧野日本植物図鑑の植物画を担当した山田壽雄などの植物画家には指導をしていました。また、高知県立牧野植物園の園長をされていた小山鐵夫先生は学生の時に富太郎に自分の植物画を見てもらっていたという話をされていました。しかし、不特定多数の人々を植物画教室を開くような形で指導をしていたということはなかったようです。
Q:絶滅危惧種に指定されている薬用植物の中には現在も利用頻度の高いものがあると思いますが、絶滅させない、今後も供給していくための取り組みとしてどのようなものがありますでしょうか。
A:植物多様性が減少する原因の一つに有用植物の乱獲があります。薬用植物もその代表的な例です。セッコクというラン科植物は中国では高価な生薬として需要がありますが、ミャンマーの国立公園でセッコクが違法に採取されて中国に密輸出されるために個体数が減少していることが問題になっていました。
このような違法な乱獲ではなくても、漢方薬などに用いられる薬用植物では、今日でも野生植物の採取に依存しているものが多数あります。漢方薬材料の一大生産・消費地である中国では、野生薬用資源の栽培化を国の計画として掲げていますし、日本でも栽培生産の拡大に向けた努力が続けられています。
Q:朝ドラが始まってからの先生の変化や、先生の周りで起きた変化などございましたでしょうか。
A:毎日の「らんまん」は欠かさず見るようにしていたぐらいで、大きな変化はありません。そういえば、コロナ禍で延び延びになっていた「朝ドラに牧野富太郎の会」の打ち上げを5月に高知で行い、仲間と祝杯をあげたことは私にとって大きな出来事でした。
Q:先生がこれまでに研究されてきた植物の中で面白いと思うもの、その理由をご教示いただきたく存じます。
A:ムラサキという植物をご存じでしょうか。初夏に白い花を咲かせるムラサキ科の多年草で、「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖ふる」(万葉集)や「紫のひともとゆえに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」(古今和歌集)など和歌にもしばしば登場しています。根に赤紫色の色素を含み、染料や生薬として用いられてきました。紫野という地名が各地にあるように、かつては我が国各地に生育していましたが、今では野生の植物はほとんど見られず絶滅危惧植物に指定されています。私は薬用植物学・生薬学分野で研究者として歩みだしたときに最初にテーマとしたのがこの植物で、今でもこの植物の清楚な姿や日本の文化史の中で占める位置(例えば、源氏物語で光源氏の最愛の人には「紫の上」という名前がついています)、希少性、栽培の難しさなどから、今でもこころ惹かれる植物です。
<ご聴講いただきありがとうございました>
今後の開催情報につきましては、ホームページ・SNS等で発信していきますので、ぜひチェックしてみてください!